指定授業で感じたこと

久々の学校に関する記事となります。(長文です。)

今年度は3年生担任。
教育委員会が来る学校訪問の指定授業者になりました。

指定授業者は1時間みっちり参観です。
研究授業と一緒ですが、
やはり教育委員会の方々が参観するということで
いろいろ制約もあるのだなと感じました。

採用されてから2年目に
学校訪問の指定授業をやったことを思い出しました。
(→その1その2
その時も思ったことだけど、
今回も似たような思いをしました。

やっぱり、自分で納得してやらないと駄目だということ。
そして、私は負けず嫌いで
自分で思っていた以上に真面目だったということ。
考えて悩みぬいた分、
受け取れることも大きく広がるということ。
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今回の授業は教科の指定がなかったため、
春には教科と単元を自分で決めることができました。
そして、上の先生に伝えていました。
昨年度から持ち上がりの学年ということを
生かして授業を組むつもりでした。
やってみたいと思う実践を考えていました。
研究授業は苦手だけれど、
せっかくだからと前向きだったのです。

しかし、夏前になって突然に
ICT活用を入れてほしいと言われました。

確かに学校としての研究テーマは
ICTの活用が入っています。
それでも、教科的にも単元的にも
学年の子どもの状態的にも難しいと思われました。

しばらくの間、考えた結果、
「必要性を感じない場面で入れることは難しい」と伝えました。
「それでもやってほしい。学校代表だから。」
との答えにガッカリしました。
何のために?という問いに答えられない状態で
理由はその一点なのかと…。

学校の研究テーマに入っているのなら
仕方がないなと思いながら、
なんとか自分なりにICT活用について調べ、
指導案に入れることにしました。
実際はICT活用についての会議もなければ研修もなく、
個々に丸投げ状態なんだけどな…。

指導案検討会が行われ、そのまま通りました。
この時点で紆余曲折がありすぎて
何のためにやるのかなと思う場面がたくさんありました。
だけど、やるなら頑張ろうと
気持ちを奮い立たせていました。
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しかし、突然、また変更を言われました。
「子どもたち全員がタブレットで、
『○○○』というアプリを活用している指導案にするように。」

驚きました。
そこまでの指定があるのなら、
どうして年度当初に教えてもらえなかったのか。
そして、学校訪問まで1ヶ月というところで
無理難題を言っていることに気付けないのか、と。

「○○○」というアプリの研修は
前年度に1度行われただけで
今年度使う方向だとは言われておらず、
学校内でも使っている人は数人なのです。
ICTに関しての会議もなければ
方向性も伝えられていない状況なのです。

どうやら、管理職の間での共通理解も
できていなかったようでした。
学校訪問では
全員がICTを活用した授業を公開すること、
指定授業者は「○○○」というアプリを
子どもたちに使わせること。
それを見ることを教育委員会が求めている。
春の段階から、そうだったらしいのです。
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結局、一人でどうするのかを考え、指導案を訂正しました。
子どもたちにとって
今後、必要となるアプリであるようなので
前向きに捉えることにしました。

そこに至るまで、
人間性が変わったのではないかと
思うくらいに気持ちが追い詰められました。

何のために授業をするのか。
何のために研究というものがあるのか。
学校代表だからという理由だけで
納得できる理由を言える人もおらず、
体裁だけを整える感じがどうしても許せず…。

毎晩のように涙が出ました。
悔し涙なのか、悲しい涙なのか…。
何が一番許せないのか。
管理職に対してキツイ物言いになったことも
自己嫌悪に陥ることになりました。
性格が悪くなったように感じてとても苦しかった。
だけど、分かってほしかった。
子どもたちのことを一番に考える授業がしたい。
そのために、無理に入れ込むほどの内容なのか。
説明はしたけれど、分かってもらえない状態が
本当に苦しかったのです。

管理職の一人が
「指導案は『案』だから。」と言いました。
1ヶ月で子どもたちが
どこまでアプリを使えるか分からない。
だけど、現実を見せていい。
そういうことだと理解しました。
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指導案を訂正するまでに、
授業で大事にしたい部分がぶれないようにと苦心しました。

だけど、自分で悩んで納得できる方法を見つけたら、
教育委員会の人にどう思われようが、
学校としての体裁がどうであろうが、
子どもたちにとって大事な1時間の授業を
私なりの方法でやろうと腹をくくれました。

実際には子どもたちは張り切って取り組み、
頑張っていました。
当日はお客さんが多くいても
普段通りのつぶやきも出るし、質問も飛び出す。
その都度、いつも通りに私も返すといった状況でした。

緊張はそれなりにしましたが、
14年前の授業とは違い、
子どもたちとのやり取りができる余裕がありました。
それは、今までの積み重ねがあったから。
笑いも起こりました。冗談も言えるようになりました。
張り切りすぎる子どもたちに
「落ち着いて~。深呼吸して~。」なんて
言えるようになっていました。

問題のアプリも、
子どもたちが使う場面は無事に終わりました。
子どもたちが1ヶ月で
使えるようになる力があることにすごいなと思いつつ…。
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授業後に教育委員会の方から
個別で指導を受ける時間がありました。

「学級担任っていいなと思ったよ。
僕も担任として授業がやりたいなと思った。」
そう言ってもらえました。
子どもたちとのやり取りを見て
クラスの様子を見て
そう受け取ってもらえたことがとても嬉しかった。

もちろん、教科指導についての指導も受けましたが、
ためになることばかりでした。
納得できることでした。

タブレット活用については
「どの授業においても使う物」ではない、
今でもそう思っています。
「使ったから良い」のではなく、
「必要性があるから使う」のです。
道具であって、活用の仕方次第。
要請があったから仕方なくアプリを使ったけど、
今回の授業では前段階の方法で
十分だったのだろうと思えました。
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指定授業に関して管理職に何度も話し、
現状でおかしいと思うことを伝えました。

先を見越して動くこと。共通理解を大切にすること。
今の勤務校に足りない部分です。
当たり前のことを当たり前にやっていく。
それがまかり通らない状況はおかしい。
それを伝えているつもりだけど、
なかなか伝わりきらず、
気難しい人だと思われていそう。

最近は、どうしていくのがいいのか。
最大の悩みになっています。

それでも、子どもたちと共に
学級担任として関わる中で
大切にしたいことをぶれずにもっていたい。

今後もいろいろあるでしょうが、
苦労した経験は無駄にならないと思いつつ、
頑張っていきたいと思います。

この記事へのコメント

なお
2021年10月22日 23:51
はじめまして。
いつも楽しく拝見しております。

私も教育に行政として関わる人間です。今回の記事を読み、想いが溢れてコメントを書き込んでしまいました。
ICTの活用や指導案の変更など、指導・助言という形で行なっていることで、現場が混乱していることが多々あると再認識いたしました。そして私自身、今の職務に少し息切れを感じてしまっている部分もあります。
せめて目の前に生徒がいないことで感覚が変わってしまわないように、学校訪問を心がけていきたいと思いました。素敵な記事をありがとうございます。
ツェツェ
2021年10月23日 15:54
* なおさん *
コメントありがとうございます。

行政の方でいろいろと思いがあるのは分かるのです。
予算を組んでタブレット端末を全児童に使えるようにした分、
使っている場面を見たいということも理解できますし、
よりよく使ってほしいという思いがあるのも普通だと思っています。
自分がその立場だったら、そう思うでしょう。
普段の授業でも紆余曲折あるでしょうが、ぜひ活用してくださいね。
それがどこまでできているのかを見せてくださいね。
そんな気持ちになる気がします。

今回に関しては、それが絶対条件だったと
春の時点で分かっていたならば
知らせてほしかったという点に尽きます。
この点に関して言えば、確実に学校上層部の問題だと思うのです。
学校長は教育委員会の意向を知っていたと言うのですから。
そして、直前になって命令状態に近い形で伝えられたのが私です。
どうして共通理解ができていなかったのだろうと
本気で思いました。
実際に振り回されるのは担任なのです。
(続く)
ツェツェ
2021年10月23日 16:00
* なおさん *
今の現状を普通に見せれば良いのです。
それで十分だと思うのです。
足りないと思われるのならば、指導される場であるのが
学校訪問なのだと思っています。
それは真摯に受け止める気持ちでいられればいいのです。
だからこそ、一年の始まりの時点で
どのような研修を行い、実践していくのかを考えて
学校訪問を迎えることが必要ではないだろうかと思いました。
今現在、できていないのに
体裁を整えるために利用された(言い方は悪いのですが)。
そう思ってしまったのです。

「子どもたちのために」という言葉は
今回に関して言えば
上の方には言われたくなかったです。
でも、実際は子どもたちのためにと
自分自身でかみ砕いて実践して
無駄にはならなかったので良しとしました。

学校訪問の意味、それは何なのだろうなと思います。
それ自体、教育委員会と学校現場で
理解に乖離がある気がしてしまいます。
本来、より良くするためのものであるはずなのに・・・。
学校現場ですら、共通理解ができていないと思うので
これは難しい問題なのだと思います。
そう実感してしまう現状に心が疲れているのも真実。
だけど、子どもたちと過ごせる幸せを感じられるならと
歯をくいしばっています。

コメントいただき、嬉しかったです。
ちょっと暗い記事だったので・・・。
本当にありがとうございました。
ohana
2021年10月30日 20:03
長年、読ませていただいています。同業です。
お忙しいのに、丁寧に週案カバーをハンドメイドされたり、学級を素敵に飾ったりするところ、文章から感じられる穏やかで優しい人柄を尊敬しています。
先生のセンスでラッピングされたプレゼントをもらった方はとても嬉しいだろうなと思って読ませてもらっていました。

研究授業、お疲れ様でした。
今回の記事で共感するところが多くありました。

ICT活用は、必要だから使うのところ、とてもよくわかります。逆に考えをつくったり、共有したりするにはアナログの方が早くて便利な場合もありますよね。
私もアプリありきならば、やりたくないです。

ICTによって本当に身につけるべき力がおざなりになってしまうのではないかとも思います。良いところは取り入れつつ、教育の本質は見失わないようにしたいです。

委員会の方も温かい学級経営を評価してくださってよかったですね!

私は今年度とても難しい学級を持っていて、初めて管理職に意見を強く言いに行きました。

性格が悪くなったように感じたとのこと、全く同じです。
でも、子ども達を守るために伝えに行きました。

お互いに心身の健康第一にしながら、楽しく働けたらいいですね。
応援しています。
ツェツェ
2021年11月03日 20:44
* ohanaさん *
コメントありがとうございます。
同じような思いをもっている方がいると知り、
心強く思います。

ICTを全否定しているのではなく、
目的と化しているのが許せなくて。
いろいろな方法で伝えましたが、
理解されなかった数ヶ月の最後が
アプリ指定での変更という結果に
あまりにも落胆し、
珍しく怒りに変わりました。
話し合いという場にもなっていない状態なので
結果的には受け入れた形となっていますが、
これが今後につながるのかどうか・・・。
私自身、キツい人と思われたようで
これまた嫌だなと思う事態です。

割り切れる物と割り切れない物って
あるんだなと最近は思います。

長年、来てくださっていたと知り、
ちょっと気恥ずかしいです。
本来の私は穏やかでもなく、
結構、落ち着きのない人なので。
それでも、温かい目で受け取ってもらえて
ありがたいなと思っています。

お互いに心身共に健康でいられますように。
私も頑張ります♪

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